哲学思想・文学思想・芸術思想などの人文科学と、精神分析に源をもつ臨床心理学とは密接に関係しながら20世紀を歩んできました。21世紀を迎えて近代化の歪みが極大にまで達し、「心の危機」があらゆる領域で深刻化する現在、もう一度原点に立ち返り、現代思想と臨床心理学の緊密な連携によって危機の本質を見極めねばなりません。こうした問題意識からこの叢書<心の危機と臨床の知>は編まれました。
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第11巻 上村くにこ編 『暴力の発生と連鎖』
暴力は複雑で定義しがたいエネルギーである。本書では、犯罪・非行臨床から見た暴力、DV加害者への取り組み、ジェンダーと暴力の問題、暴力神の系譜など、心理学・神話研究・哲学・表象研究などの専門を異にする論者が、それぞれの立場から現代の暴力の発生と連鎖について考え、それを直視する。また、DVから戦争まで、現代の社会が抱える暴力の問題を、性的差異という論点から眺めなおし、差異から共生への積極的回路をさぐる試みでもある。
第10巻 横山博編 『心理療法と超越性―神話的時間と宗教性をめぐって』
心理療法の過程で働く治療者とクライエントの二者関係を超越した力。昨今のどこか胡散臭いス ピリチュアル・ブームに対して、本書では「神話的時間」「宗教性」をキーワードに、心理臨床、臨床哲学、神話学、宗教学の観点から「超越性」の問題を、心理療法のなかでしっかりと位置づける。困難な時代状況を見つめ、EBM(実証的証拠に基づいた医療)に傾きつつある精神医療や心理臨床に警鐘を鳴らし一石を投ずる書。
第9巻 川田都樹子編 『「いま」を読む―消費至上主義の帰趨』
戦後日本の学歴社会、効率主義は結局私たちになにをもたらしたのか。消費文化とは、必ずしも豊かさ、幸福感だけに結びつくものではなく、消尽や破壊の欲望とも結びついたものである。
いま、私たちはこうして消費活動の中にただとりこまれていくしかないのだろうか。こうした消費プロセスに対して、芸術をはじめとする「創造」活動のなかに抵抗線を探ることは可能であろうか?
気鋭の美学研究者、建築評論家、心理療法家、精神科医などが領域をこえて自由に論じ合う。
第8巻 高石恭子編 『育てることの困難』
今日の私たちの「育てること」をめぐる環境は、ますます困難なものになってきている。とりにくい育児休業、残業で疲れた夫、孤立する母親、虐待。育てた子どもがひきこもったら? 親を手にかけるような子どもになってしまったら? 子育てをめぐる不安はあとを絶たない。 本書では「育てること」を、乳幼児の子育てに限らず、子どもを巣立つまでの親と子の営み、ないしは世代の引継ぎという幅広い意味でとらえ、臨床心理学、精神分析学、教育学、社会学など領域をこえて幅広い視点から論じる。
第7巻 港道隆編 『心と身体の世界化』
人、金、物、情報、医療等、国家の境界を超えるグローバリゼーション。
私たちはそれをどう判断し、何ができるのか。
本書は、現代社会を規定している[オルター・]グローバリゼーションの動きを、思想・心理・文学等、文化のレヴェルから敢えて問い直し、現状とは別の可能性を求める試みである。
第6巻 斧谷彌守一編 『花の命・人の命―土と空が育む―』
花は日本人の感性・美意識の中心を占めるテーマとして、古来さまざまに歌われ、描かれ、演じられ、論じられ、あるいは装飾品として用いられてきた。はかないこと、美しく散ることをよしとする「散華の美学」もそのような中で培われてきた。現代人も、花を題材にした東洋画や和歌を「穏やかで美しいもの」「衛生無害な微温的なもの」として受け止め、あるいは花を「うつくしく」「かわいい」装飾品と捉える傾向がある。しかし、それだけが花のすべてではない。滅んでは次世代を産み出す生殖器官である花には、その美しさに生々しい生と死が宿っている。植物と人間は、同じ「生命」として交感し合うことができるのではないか。 本書は、「現代日本の感性のあり方」をめぐって、「花の命」の生々しさと「人の命」の生々しさとの関係性を基軸に、美学、文学、生物学、園芸療法、臨床心理、精神医学など幅広い分野から考えていくものである。
第5巻 森茂起編 『埋葬と亡霊―トラウマ概念の再吟味―』
数々の突発的な事件、事故、災害を思えば、人間の生「トラウマ的事象」に満ちており、「トラウマ」は今の時代を読み解くキーワードの一つになっている。しかし、「トラウマ=傷」という狭くて表層的なイメージがトラウマ理解の一つの障壁となり、概念規定があいまいなまま、言葉だけが一人歩きしている感がある。一方ではきわめて日常的なレベルでトラウマ概念の一般化と希薄化があり、他方では細分化された医学的実証研究が蓄積されていく。二つの「トラウマ現象」間のギャップを埋めるために求められるのは、トラウマの意味を考え理解していくプロセスである。 本書では、トラウマの本質的特質を表現し、その作業への一助とするために「埋葬と亡霊」というイメージを用いる。このイメージが示しているのは、トラウマが「かつて埋葬されながら繰り返し蘇えろうとすること、また常に埋葬され続けていながら現在の人間の在り方を密かに決定していること」である。さらに「埋葬と亡霊」は、トラウマが個人においてだけでなく、社会や国家という集団において起きる現象であることも照らし出す。 本書は、「病」「無意識」のさらに根底にあるトラウマをめぐって、精神医学・臨床心理学と人文諸学とが共同しながらもう一度模索するものである。
第4巻 横山博編 『心理療法―言葉/イメージ/宗教性』
21世紀に入り社会は混迷を極めている。そして時代の閉塞感を映すかのごとく増加する「抑うつ」「自殺」「不登校」「摂食障害」「暴力・虐待」。心理臨床の現場はまさに危機的状況を迎えている。そこで本書は、いま一度世界観や人間存在の根拠を問い直すことを視野に、実践を支える思想的な論考を交えて深く追求する。―私と人生のつながり、私と他者とのつながり、そして私と社会のつながりを、心理療法はどこまで包括できるのか?
第3巻 斧谷彌守一編 『リアリティの変容?―身体/メディア/イメージ』
「IT革命」によって現実のリアリティが根本的に変わってきている、という論調が起こるのと軌を一にして、最近は日本語力や身体感覚の復権を唱える声も聞こえる。この裾野の広いテーマを取り上げるため本書では、哲学・心理学・アートなど幅広い領域から研究者や芸術家が集まり、多彩な議論を展開する。――「サイバースペース」や「ヴァーチャル・リアリティ」により私たちの現実感覚は本当に変容しつつあるのか?
第2巻 松尾恒子・高石恭子編 『現代人と母性』
1995年来の子育て支援施策エンゼルプランが奏功せず出産率の低下が著しいなか、昨今では「我が子への虐待」「子どもによる親殺し」という家庭での母子問題が深刻化している。どうやら子育て支援は、物理的・経済的側面だけでは充分ではないようだ。本書では、子育て相談に携わるカウンセラー、母子医療の最前線で活躍する医師、文化的視点から母子問題を追う研究者たちが多角的に議論する。―「母性の成熟」はどう促せばよいのか?
第1巻 森茂起編 『トラウマの表象と主体』
1995年の阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件以来、注目されるようになった「トラウマ」は、今では深刻化する凶悪犯罪、児童虐待、ドメスティック・バイオレンスを語るときに欠かせないキーワードとなった。本書ではこの問題を、臨床心理学や精神医学にとどまらず、哲学・文学・芸術といった領域にまで広げて議論を展開する。―「人間の尊厳」を守るためにはいったいどのような視点が必要で、どのような実践が求められるのか?


